TOPへ戻る

「画家 大月源二の世界」 好評発売中!
小林多喜二の盟友
発行 「画家 大月源二の世界」刊行委員会
販売 大月書店
AB判変形 250mm×260mm 336ページ
本体価格 13,333円+消費税

 絵画/素描/評論・エッセイ/年譜の四大構成

    小林多喜二著「新女性気質」など挿絵100点余、「多喜二と私」全文掲載

    ○ 代表作『告別』、エリモの浜辺、絶筆などカラー140点・素描600点を収録



 小林多喜二の代表作

   『蟹工船』
がいま若者に大人気
    (画家・大月源二が装丁)

 昨年8月、NHKで放映された「日本人と自画像」でも紹介されたように、小林多喜二の小説『蟹工船』の装丁は画家・大月源二が担当しました。

 大月源二は、『蟹工船』以外にも小林多喜二の作品の挿絵や装丁を多数たずさわっています。その多くが『画家 大月源二の世界』に収められております。ぜひ、ご一読いただきお楽しみください。

          

   (左:大月源二装丁版、中:新潮文庫版、右:マンガ版の表紙です)


 
      新潮社の新潮文庫が、今年の3月から57,000部を増刷。 売行きは従来の100倍の
      ペースと云われています。東京のJR上野駅にある書店の若い女性店員が新聞で『蟹
      工船』が話題になっているのを見て作品を再読。「いまのワーキングプアーにわかって
      もらえる小説だ」と、自分で手製の広告を出したところ、一週間で80冊も売れ、一気に
      文庫売り上げの第三位..に。異例のヒットに全国紙も次々に「『蟹工船』悲しき再脚光、
      格差嘆き若者共感」(読売)、「蟹工船はまる若者」(朝日)、「突然のブーム ワーキン
      グプアの”連帯感”」(産経)と注目され、TBS系テレビ「朝ズバッ!」でもみのもんたさ
      んがとりあげました。また、まんが版「蟹工船」も好評です。 
      いまの若者の状況に通じる、働くものの実態を見事に言いあらわした息の合った小林
      多喜二の文章と大月源二の装丁・挿絵による作品『蟹工船』を、この機会にぜひお手
      元においてください。 




「源二」がNHKテレビで放映されました

    
画家・大月源二が学んだ東京美術学校(現東京芸術大学)創立120周年記念
   行事の一つとして「自画像の証言」展が開催され、NHKはこの展覧会を、『
   日本人と自画像』のタイトルで放映しました。
    大月源二と同時代に活躍した画家にふれるまたとない機会です。放映日に観
   ることができなかった方で、ご希望の方にはDVDまたはビデオ(VHSのみ)
   をお貸しします。ご希望の方はお電話またはファックスでご連絡ください。
  
   
    
BSハイビジョン特集「日本人と自画像」
        
チャンネル BSハイビジョン
          放映日  2007年8月15日(水)20時〜21時49分
          再放送
  2007年8月23日(木)14時〜15時49分

    ETV特集「日本人と自画像」   
        チャンネル 教育テレビ
          放映日  2007年8月19日(日)22時〜23時39分   



画家・永井 潔氏より


     20年前、画集の発行が頓挫した時には、私も思い出を書くことになっていたので残念でした。
   大勢の方々のご努力で、立派な記録が出来上がりほんとうに嬉しく思います。大変なご苦労だ
    ったと推察いたします。 私の知らない絵もたくさんあって、興味深く眺めています。


大月源二と多喜二   琴坂 守尚(民衆史家)

@ 若 き 出 会 い
     
      大月源二は1904年、函館にうまれ、1908年、小樽に移住した。1916年
   源二は樽中(小樽中学校)に進み、白潮会という画会で水彩画を描きはじめた。多喜
   二も同じ1916年に庁商(小樽商業学校)に入り、子羊画会の仲間と絵を描いてい
   た。二人はそのころからの知り合いである。
    源二は早くから両親を失い、叔父の世話で1922年、東京美術学校に入学した。
   同期に猪熊弦一郎、荻須高徳、小磯良平らがいる。1927年、源二は美術学校を卒
   業して日本プロレタリア文芸連盟(ナップの前進)美術部に加入した。1928年2
   月、彼は労働農民党の選挙ポスターを描き、3・15事件で検挙されて特高の激しい
   拷問を受けた。
    3月25日、ナップ(全日本無産者芸術連盟)結成。多喜二は伊藤信二、風間六三
   らとナップ小樽支部を組織し、ナップの機関紙『戦旗』の配布を受けもった。多喜二
   は小樽警察署の拷問の凄まじさを描き、天皇制警察の暴虐を告発した「1929年3
   月15日」を『戦旗』に発表した。源二がカットを描いている。その後、「蟹工船」
   (戦旗)、「安子」(都新聞)、「転形期の人々」(ナップ)などに源二の絵がある
   ことはよく知られている。

A 不 在 地 主

   
 「不在地主」は最初『中央公論』の29年11月号に発表されたが、作者に無断で
   原稿259枚のうち最後の役50枚が省略されていた。そこは舞台が富良野から小樽
   に移り、小樽に出てきた磯野農場の小作人が小樽の労働者と共同して完全勝利する白
   熱の場面である。
    多喜二は削除された部分を『中央公論』12月号に直ちに掲載するように申し入れ
   たが断られた。断った理由は定かでないが、次のようなことがあったのではないだろ
   うか。
    争議が小作人の全面勝利に終わったこと。争議団が労農共闘という高い戦術を採用
   したこと。これらは日本の労働農民運動史上画期的な出来事であった。当局がこれを
   見逃すはずはなく、編集者は発禁などの弾圧を恐れて早手回しに削除したのだろう。
   『中央公論』の「不在地主」に源二の絵はない。
  
    多喜二は削除された部分を「戦い」と題して『戦旗』に載せた。それには小作人の
   女房も演壇に立った稲穂倶楽部の演説会のことが書いてあり、源二の挿絵もある。演
   説会場の稲穂倶楽部の二階の窓から外を見下ろしている構図で、二人の息がよくあっ
   ていることが見る者に伝わってくる。
                    
    「二階から表を見下ろすと、アーク灯のまばゆい氷のような光の下で、雪の広場は
   チカチカと凍てついていた。顎紐をかけた警官が、物々しく一列に延びて、入り損っ
   た聴衆を制止している。丁度真下に、帽子の丸い上だけを見せて、点々と動いている
   黒い服が、クッキリ雪の広場に見えた。所々に小競合が起って、そこだけが急に騒ぎ
   出して、群衆がハミ出してくる。警官が剣をおさえながら、そこへバラバラと走って
   行く。二千人近くのものが帰りもしないで、ヂリヂリしていた。」(小林多喜二「戦
   い」より)
                                     
           
         
  小林多喜二「戦い」への挿絵  「転形期の人々」への扉絵 
 
B 転 形 期 の 人 々

    1931年9月、多喜二は「転形期の人々」を書きはじめた。第1章は小樽の簡潔
   な情景描写。運河と倉庫、税関、高架桟橋などにふれている。
    「転形期の人々」の扉に大月源二の絵がある。運河にかかる橋の上から港をみてい
   るという構図である。橋を渡った先の埋立地に税関があり、橋の向こうに大きな高架
   桟橋が見えている。橋は竜宮橋にちがいない。
    多喜二は「転形期の人々の創作にあたって」というエッセイで、「時代を概括した
   時代に透明したものを書きたい。労働者農民の真実に働いている、或いは食っている
   場面を描きたい」と言っている。
    小樽にある小林多喜二文学碑の碑文は、多喜二が豊多摩の獄中から村山篤子に宛て
   た1930年11月11日付手紙の一節である。「前略。そこには運河と倉庫と税関
   と桟橋がある。そこでは人は重っ苦しい空の下をどれも背を曲げて歩いている。以下
   略」
    多喜二の文章と源二の絵と文学碑の碑文。思い合わせると、多喜二は一年ほど前か
   ら獄中で「転形期の人々」の構想を温めていたのではないだろうか。
    資本主義的繁栄の分け前は常に不均等である。上に厚く下に薄い。好景気の小樽の
   町に、しかしながら、「いつも背を曲げて歩いている」人々がいる。これは矛盾であ
   る。
    小林多喜二の世界は今から80年も昔のことだが、資本主義的繁栄が生み出す矛盾
   を追及し、社会的不正と戦う人間を生々しく描いているからこそ、時と所を超えて訴
   えるものがあるのだと思う。
    「転形期」とはどういう言葉か。『戦旗』の編集者によると、、「資本主義社会か
   ら次の新しい社会への大きな転換期」という意味があるとのこと。

C そ の 後 の 大 月 源 二

    1931年10月、小林多喜二と大月源二は相次いで日本共産党に入党した。10
   月24日コップ(日本プロレタリア文化連盟)発足。多喜二は作家同盟書記長として、
   源二は美術家同盟の中核として、ともにプロレタリア文化運動の推進に力を注いだ。
    32年3月、コップに対する弾圧が強まり、主なメンバーが相次いで検挙される中
   で、多喜二は「転形期の人々」を中断して地下活動に入った。コップの指導部は6月
   には再建され、大月源二は書記長として活動中、治安維持法違反で検挙され豊多摩刑
   務所に収監。さらび甲府刑務所に送られ、35年11月、仮出獄。源二は多喜二の死
   を獄中で知った。44年8月、大月源二は東京から小樽に疎開した。戦後富樫正雄ら
   北海道の画友と親交を深め、晩年までアンデパンダン展、北海道生活派美術集団展な
   どに出品を続けた。

    1947年2月27日、北海ホテルで開かれた戦後第二回「小林多喜二の夕」に、
   彼は日本共産党小樽地区文化部長として出席し、「共産党と多喜二」と題して講演し
   た。
    青年共産同盟の寺井勝夫は「小林多喜二のお母さんへ」という壺井繁治の詩を朗読
   した。「転形期の人々」にも出てくる元合同労組執行委員長の「源さん」こと、社会
   党の鈴木源重も参加した。

   ※この文章は、琴坂守尚氏が「しんぶん赤旗」北海道のページに寄稿したものに加筆
    訂正し、提供していただきました。
    

市立小樽美術館   館長の部屋
 
  今年は大月源二の生誕100年に当たりますので、美術館では「生誕100年 大月 
 源二展」を開催しています。
  作品展示は70点を超え、関係資料を加えると100点とい本格的な展覧会です。
  あの大月の代表作「告別」も京都からやってきていますし、当館所蔵の「走る男」も
 展示しました。その真ん中には私は、はじめて見る作品ですが、1937(昭和12)
 年に描かれた「いわし場」という100号の大作も並んでいます。大月がプロレタリア
 弾圧にあって検挙され、仮釈放された2年後の作品です。心情的にはもちろんでしょう
 が、作画手法にも逡巡と展開があった時代だと思います。
  モチーフは海岸で魚を炊く労働者たちですが、色彩は圧倒的に明るく、表現的にはリ
 アリズムに変化を持ち込みたいとする狙いが感じられます。例えば人体の細部にモドレ
 とかスフマートの陰影処理がほとんどなく、色面の明暗を大きくとらえて、少々フォー
 ブへの接近を感じさせます。それでも画面右側でモッコを担ぐ4人の女たちのデッサン
 は的確で、大月の卓抜したデッサン力を見せています。戦後の日本美術会では、一般に
 アカデミズムとモダニズムを排斥していますから、この時期だけのめずらしい作風とい
 えましょう。
 
 
  
  そういえば、大月は戦後も働く人をモチーフをたくさん描いています。展示作品では
 「雪の路」で郵便配達夫が、「春雪の札幌駅構内」では排雪作業をする国鉄マンが描か
 れています。これらはいずれもリアリズムの手法による春先の雪景色と思われますが、
 明るい色の春めいた穏やかさが眼につき、プロレタリア絵画のステレオタイプともいえ
 る、闘う労働者といった印象はありません。
  こうしてみると大月は、実はプロレタリア美術の闘士という一面だけでは計れない多
 面性をもった作家だと思います。あなたはどう感じるでしょうか?この機会にぜひもう
 一度ご覧になっていただきたいと思います。お勧めします。なおこの展覧会は、大月の
 ファンやコレクターによって結成された「大月源二生誕100年記念事業を成功させる
 会」が全面的に協力してくれました。また会では、会期中に本格的な画集を出す予定と
 聞いています。お礼を申し上げると共に、一日も早い出版を期待しています。
                                      館長
                       吉田豪介
     ※市立小樽美術館ホームページ「館長の部屋」
      2004年10月より転載しました

  


画集「画家 大月源二の世界」のご注文は
「カナリヤ」へお電話・フアックスでご注文ください
TEL 011-387-0001
FAX 011-387-0611

ご好評いただいておりますポストカードは、ひきつづき『画家 大月源二の世界』

刊行委員会でお取扱しております

《 ポストカードのご案内 》

5枚1組・5種   各組・本体価格 476円+消費税

10組以上のご注文は、送料無料です。

    第1集 「告別」「戦旗・東京パック表紙」「労農党ポスター・蟹工船表紙」「新聞社」

「大月光子像」

    第2集 「玉ねぎ」「サビタの花」「静物」「白菜」「コスモス」

    第3集 「自画像」「ふくさん」「リンゴのみのり」「いわし場」「漁粕づくり」

    第4集 「冬の手稲山」「原生花園」「エリモの浜辺」「春雪の札幌駅構内」「泥炭地帯」

    第5集 「雪の道」「工場風景中斜里製糖工場」「干草積み」「10月の野」「虹立つ港」




ご注文は
「カナリヤ」へお電話・フアックスでご注文ください
TEL 011-387-0001
FAX 011-387-0611
TOPページへ